「株式会社 すい臓」で働く社員さんたち
会社員のあなた、今の働き方に満足していますか?…と言っても別に今回の記事は脱サラを勧める記事ではありません。すい臓のお話です。
すい臓は消化酵素を分泌する他、インスリンなどのいくつかのホルモンを分泌します。すい臓の中でランゲルハンス島という塊が島のように浮かんで存在しています。
ランゲルハンス島はα細胞、β細胞、δ細胞、ε細胞、PP細胞という細胞たちと栄養を運ぶ血管により構成されています。
このうちα細胞はグルカゴンと言うホルモンを分泌し、β細胞はインスリンというホルモンを分泌する働きを持っています。
グルカゴンは血糖値を上げる働きを持ち、インスリンは血糖値を下げる働きを持っているんです。糖尿病のみなさんはインスリンについてはある程度ご存知でしょう?
血糖値が高くなりすぎることも低くなりすぎることも体にとって危険なので常に血糖値はモニタリングされ、血糖値が高い時はインスリンが分泌され、低い時はグルカゴンが分泌されます。
では、すい臓をある会社に例えて考えてみましょう。ランゲルハンス島は各支店、α細胞やβ細胞はそれぞれ役割を持った社員です。
会社員のみなさんは、ぜひ「株式会社 すい臓」で働く社員のひとりになったつもりで自分の身に置き換えて話を読み進めてくださいね。
血糖値の調整はとても大切な仕事です
さて、「株式会社 すい臓」ではいくつもの業務を行っていますが、そのうちのひとつが血糖値の調節です。
そこら中に複雑に張り巡らされた血管の中を血液が流れ、血液の中にブドウ糖が流れています。このブドウ糖が多すぎても少なすぎても良くないので、その調整を行っています。
血糖の調整は、α細胞さんが組み立てている「グルカゴン」とβ細胞くんが組み立てている「インスリン」が担当しています。
安静にしていても寝ていても、体は心臓を動かしたり呼吸をしています。そのため、一定の血糖値を維持するべくブドウ糖が肝臓から血液中に放出されています。
「基礎分泌」と呼ばれるインスリンは肝臓からのブドウ糖の放出量を調整し、血糖値を一定に保つように働いています。
もしインスリンが働かないと、肝臓は必要以上にどんどんブドウ糖を放出するので何も食べていないのに血糖値はどんどん上がってしまうのです。
何かの拍子に血糖値が下がりすぎた時は、グルカゴンの他アドレナリン、成長ホルモン、コルチゾールなどが上げます。そのおかげで血糖値は一定の値を保っているのです。
インスリンを大量生産せよ!というムチャクチャな仕事
β細胞くんは自分のペースでインスリンを作っていました。通常であれば、それほど仕事は忙しくないので十分にこなせていました。
ところが、最近ではムチャクチャな仕事が頻繁に持ち込まれるようになってしまいました。何と、日に3度も4度も通常の何十倍ものインスリンを用意しろというのです。
「ええっ、そんなの無理だよ…」と思いつつ、血糖値が上がると大変なことになるのでβ細胞くんたちは最初、必死に頑張ってインスリンを増産しまくりました。
仕事がめちゃくちゃ増えたにも関わらず、給料はまったく変わらないという超ウルトラブラックな職場です。しかし、文句を言うことは許されていません。
でも…やっぱり無理をしすぎたのが良くなかったようで、そのうち体調を崩してダウンする者が増えてきました。
「チッ!お前らは本当にだらしないな!俺が活を入れてやろう!」ボスはどこからかムチを買ってきて、作業効率が落ちているβ細胞くんたちを叩くようになりました。
ムチが怖いのでその時は無理やり働くのですが、弱った体に重労働はあまりにもきつすぎました。とうとう、1人…2人…と過労死する者が出始めました。
「おかしいなぁ…このムチでひっぱたけば奴らの作業効率が上がるとマニュアル本に書いてあるんだが…」と首をかしげるボス。
どこかの誰かが作ったインスリンを補充するようになりました
β細胞くんたちが次々に過労死してしまったので、ボスは困ってしまいました。新しく社員を雇いたくても、働きたいと言う者はどこにもいません。
仕方なく大金を払って毎日、どこの誰が作ったかもわからないインスリンを買ってくることにしました。なんでも、最初は外国で製造されたらしいのです。
そのインスリンは大量生産されているもので、見た目は自社のβ細胞くんたちが作ったインスリンとそっくりですが、どこか違っています。
しかし彼らは普通に血糖値を下げる仕事をこなすことがわかってボスも一安心でした。ところが困ったことが起こったのです。
自社のβ細胞くんたちは血糖値を見ながらインスリンを作る量を微調整していましたが、ボスが勝手に買ってくるインスリンたちはいったん仕事を始めると、絶対にやめないのです。
血糖値が下がりすぎて危険な状態になってもまだ仕事を続けようとします。これは本当に危険なことです!!
また数年間が経過するうち、あちこちの血管がボロボロに傷み始めたのです。これは買ってきたインスリンのせいなのか、それとも自社製造のインスリンのせいでしょうか。
どうやらたくさんのインスリンたちが集団で一生懸命作業していると、まったく悪気はないのですが血管を傷つけてしまうらしいのです…たとえ自社製造のインスリンでも、です。
昔のようにマイペースで仕事がしたいよ…
ある時、ひとりのβ細胞くんがボスに進言しました。「あのー…ムチャクチャなあの仕事を断れば、残された僕たちだけでまた昔みたいに十分にやっていけると思うんですが」
するとボスは「馬鹿野郎!!お前たちはいつもサボることばかり考えやがって!ムダな口をきいているヒマがあったら少しでも仕事をしろっ!!」
『変だな…あの仕事、ものすごく大変な割にうちの会社にはほとんど利益が出てないのに…なんでボスはあんな仕事をどんどん引き受けるんだろう…何か弱みでも握られているのか?』
昔からずっと一緒に働いてきたAくんもBくんもCくんも、もういません。過酷な労働に耐えきれずに過労死してしまったからです。
生き残ったβ細胞は、彼の他にはほんのわずかだけです。社内には、彼らが作るわずかなインスリンと、ボスが毎日大金を出して買ってくる大量のインスリンが並んでいます。
昔は優しかったボスは、どういうわけかすっかり変わってしまいました。あの仕事を持ち込まれるようになってからです。何があったのでしょう?
ボスの言うことに疑問を持たず、ただひたすらせっせと働いている同僚たちもいます。でも彼らの健康状態はじわじわと悪化しているように見えます。
『僕はただ、昔のようにマイペースで楽しく仕事をしたいだけなのに、それをサボりだと言われるのはどうしてなんだろう…どうしていつの間にかこんなことになっちゃったんだろう』
彼がそんなことを考えた時、遠くの方で血管の壁が破れ、血液が噴出したような音がしました。ああ…僕にはもうどうすることもできない。
ただ、ボスに言われた通り休まずに自分の仕事をするだけだ…でも、なんだかもう疲れたよ…なんだかどんどん意識が薄れていく…
会社のために命をささげるか、それとも…
いかがでしたか?「株式会社 すい臓」は24時間休むことなくみんなせっせと働いています。でも、昔は仕事はそれほど大変ではなかったので十分にこなすことができていたんです。
ところがいつの間にか、ムチャクチャな仕事が日に何度も持ち込まれるようになり、「入ってくる仕事量に対応できない社員たちが悪いのだ!」と言われるようになってしまいました。
「奴らを甘やかしてはいけない、毎日どっさり仕事をやらせていれば奴らもそのうち慣れてその仕事量をこなせるようになるはずだ」と考える方たちもいます。
また「仕事を減らしてはいけないんです、もしお宅の社員さん達が死んでしまったら代わりにウチのインスリンを買ってください。あ、まだ生きている社員をひっぱたくムチもありますよ」というお店も。
社員にいっさい仕事をさせないようになれば、確かに仕事の仕方を忘れてしまうかもしれません。でもね、昔の仕事内容に戻すだけなら何の問題も無いと思うのですが…
たとえば糖質制限は、むちゃくちゃな仕事を持ち込むのをやめて生き残ったわずかな社員さんだけで本来の仕事をやっていけるようにしてあげましょうという食事法です。
あなたが「株式会社 すい臓」の社員だったら、訳の分からない仕事でボスにムチで打たれながら過労死しても幸せだと思えますか?それともマイペースで仕事をしますか?