糖尿病と生きるということ~何もかも理想通りにはいかないこともある~

糖尿病ロ生きるということは時に思い通りにいかないこともあるというブログ記事のアイキャッチ画像
この記事は、糖尿病の診断が遅くなってしまって2015年1月4日の診断時にはすでに糖尿病合併症のあった患者が「何もかも健康な人と変わらない生活をすることが出来る患者ばかりではない」ことについて自分の描いた漫画を交えて書いた記事です。

糖尿病でも健康な人と全く変わらないのは「理想」だが…

皆さんは「病気に負けない」「病気があっても自分らしく生きる」とはどのようなことだと思われますか?

「私は1型糖尿病ですが合併症もなく、病気を発症する前と全く変わらずにスポーツでも何でもやっています」なんて話をたまに見かけます。実に素晴らしいことだと思います。

しかし様々な理由からそういうわけにもいかない患者もいるんです。私自身、糖尿病の診断が遅れてしまったので糖尿病合併症があるところからのスタートでした。

「もっと早く病院へ行けば良かったのに行かなかったあなたが悪い」と言われるかもしれません。確かに、妊娠糖尿病のあとで「今後も時々検査に来るように」との指示は一切なかったとはいえ、自覚症状が出始めた時点で受診すれば少しはマシだったかもしれません。

 

 

 

しかし私に糖尿病の自覚症状が最初に出始めたのは、糖尿病性ケトアシドーシスで入院する1年前か、せいぜい2年ぐらい前でした。その時点ですぐ受診しても、おそらく糖尿病合併症はすでに発症していたでしょう。

他にもさまざまな事情で糖尿病を早期発見・早期治療開始できなかった患者さんはいらっしゃるはずです。理想を言ったところで、すでに病気になってしまったものを今更どうにもできませんよね。

「糖尿病ではない人とまったく同じことが出来ない」のは不幸なことなのでしょうか?たまたま早期発見できなかったら可哀想なのでしょうか。理想通りではない患者はどうしたらいいのでしょうか…

 

にゃご
にゃご

治療を始めるのが遅くなった人はいるよね。

よっしー
よっしー

病気だと分かっててわざと放置した人ばかりじゃないのにね。

糖尿病である事実が消えてなくなることはない!

私はまず22年前に妊娠糖尿病になりました。当時は「何も悪いことはしていないのにどうして私だけこんな病気にならないといけないんだろう」と思ったものです。同時期に妊娠していた同僚はチョコをしょっちゅう食べても何ともなかったので。

そして11年前に「糖尿病性ケトアシドーシス」で入院してすでに糖尿病合併症もあると言われた時、「私はそんなに悪いことをしたのだろうか」と落ち込みました。

発祥したばかりの方ならともかく、私ぐらいの状態になってしまうといかなる手段を用いても糖尿病が寛解することは難しいでしょう、現代の医学では。

 



 

「いつも糖尿病のことを考えてしんどくないの?」と訊かれたこともありますが、私は自分が糖尿病であることを忘れることはできないのです。重い食物アレルギーの方が自分がそうであることを忘れてはいけないように。

失ったもの、もう持っていないものの数ばかりを数えると悲しくなります。それよりも「まだこんなに持っている」と思って残されたものを大切にしなければいけませんよね。

現実から目を背けたところで何かが変わるわけではないのですから。糖尿病だという事実、もう発症前と完全に同じ状態には戻れない(私の場合)と言う事実は受け入れ、それでも今何が出来るのかを考えようと思いました。

 

病気に限らず方向転換しなければいけない場合もある

糖尿病やその他の病気だけに限らず、生きていれば何らかの理由で今まで通りのことが出来なくなったり方向転換を余儀なくされることはあります

私も糖尿病神経障害の自律神経障害があると分かったとき、もうマラソンや高強度の筋トレは出来ないなと思いました。突然死が怖いからです。

人生って、100%思い通りには進まないことも多いのではないでしょうか。でもそれが必ずしも不幸だとは言えないと思うのです。

方向転換したことで、今までは想像もしなかったような素晴らしい場所に辿り着くこともあるんじゃないでしょうか。そんな思いを込めて1型糖尿病の青年が主人公の漫画を描きました。本日発売です!興味がある方はぜひお読みください。


にゃご
にゃご

誰でも治療すれば元通り!なんて言うと嘘になるけど、病気でも幸せに生きることはできると思うな。

よっしー
よっしー

私もそうありたいものね!

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