病歴の長い妊娠糖尿病→2型糖尿病患者です
この記事を書いている今日は富山の最高気温は4℃(アクセサリー屋さんの名前じゃないです!)寒い朝です。
早いもので、私が糖尿病性ケトアシドーシスを起こして緊急入院して糖尿病と診断されてからもう11年近くが経ちました。最初に妊娠糖尿病と診断されてからはもう22年近く経過しています。
もしかしたら他の患者さんの参考になるかもしれないので、これまでの私の糖尿病のことを振り返ってみたいと思います。
↓↓↓私は甘いものはさほど食べませんでしたが寿司は大好きでした。
あくまでも世界の平均の話ですが、糖尿病患者の半数は自分が糖尿病であることに気づいておらず、また診断されてもその後「忙しい」「治療費がかかる」などの理由で治療を中断してしまう方も少なくないそうです。
それぞれ事情があるのだとは思いますが、糖尿病は適切に対処しなければとても怖い病気です。藤原道長も2型糖尿病で晩年は視力が低下していたと言われていますよね💦
私も妊娠糖尿病のあと何年も検査をしていなかったので(後述)大変なことになってしまいました。皆さんにはこんな風になってほしくないのです。

糖尿病ってとても怖い病気ですね!

まさか自分がこんなことになるとは思っていなかったわ!!
なぜ運動好きの私が妊娠糖尿病になったのか?

私が小学生の時に父が2型糖尿病と診断され、子供心に「よそのお父さんと比べても特別食べ過ぎたり太りすぎていると思えないけど、どうしてうちのお父さんが病気になったんだろう?」と不思議に思いました。
真面目な性格の父はびっくりしてジムに通い始めて水泳やら筋トレを頑張っていましたけど、カロリー制限をストイックに頑張っても血糖値はイマイチでとても困った様子でした。
娘の私は「糖尿病になりたくない」と思い、高校時代に家庭科の授業で習ったことにとても興味が湧き、女子栄養大学の本を買って読んだりしていました。
管理栄養士の資格こそないですが、学生時代は栄養学も勉強し、スポーツクラブのスタッフとして働きながら筋トレに夢中になっていました。
「父が(後に弟も)糖尿病になったのは生活習慣が良くないせい。自分が健康なのは気を付けているおかげだ」と思っていましたし、自分と同年代の女性のお客様が2型糖尿病だと聞くと内心「この方痩せてるけど甘いものが大好きなのかしら?」と思ったりしていました、申し訳なかったです。
また当時は体づくりと言えば「高タンパク低脂質食」しか選択肢がなく、お客様から「主食抜き(糖質制限と言う言葉もまだなかった)ってどうですかね?」と質問されたら「それは絶対にダメです!筋肉が減って脳にも悪影響がありますよ」とよく知りもせずに偉そうに答えてしまいました。
私はスポーツクラブでマンツーマンの指導やプログラム作成、スタジオでレスミルズプログラムのインストラクターとして忙しく働いておりました。
結婚後も仕事を続け、長男を妊娠したことが分かった日までスタジオレッスンは続けていて妊娠判明後はお菓子も食べずジュースも飲まず「体重増加のペースが理想的ね」と褒められたのに妊娠糖尿病になってしまいました。
正直、納得がいかない気持ちでした。なぜ自分が!?って。当時のHbA1cは現在の基準に換算すると5.1だったので、妊娠前はほとんど耐糖能異常はなかったと思われます。
2度目の妊娠糖尿病、いや糖尿病合併妊娠だった?
長男は逆子で首にへその緒が2重に巻き付いていたので、安全のため帝王切開で出産することになりました。特に出生時トラブルもなく元気でホッとしました。
初めての子供だったので周囲はとにかくあれこれ言いたくてしょうがなかったようで、実母や祖母から「長男くんが泣いてる、母乳が足りないんじゃないの?」とか「お餅やお米を食べるとよく母乳が出るから」と言われまくりました。
当時の私は「そんなもんかなぁ」と思い、言われるままお餅やお米を多めに食べるようにしていました。産後の検査で耐糖能は正常に戻っていたので深く考えることもなく、また病院から「産後も定期的に検査を」などと勧められることもなかったので。
そのせいか、授乳が終了する頃には逆に出産直後より太ってしまいました。これは今思うと良くなかったと思います。餅や米などの糖質をしっかり摂取しないと母乳が出ないと思い込んでいましたが、農耕以前の人類は粉ミルクのない時代に糖質なしで妊娠出産授乳をしていたんですからね。
そして長男出産直後より5㎏ぐらい太ったまま次男を妊娠。産婦人科は長男を出産した総合病院で、担当医は部長先生。前回が妊娠糖尿病であったことはもちろんご存じでした。
でもなぜか妊婦検診で尿糖が出たり血液検査で引っかかることは1度もなくて、出産直前になってようやく「妊娠糖尿病です」と言われ「今更もういいでしょう」という感じでインスリンを打つなどの指導・治療はいっさいなく、そのまま予定帝王切開での出産になりました。
予定帝王切開になったのは、長男を帝王切開で出産したため。今回何かトラブルが起きるかもしれないという事前の説明は一切なかったです。
生まれた次男は巨大児で、呼吸がうまく出来ずに人工呼吸器を装着されてNICU送りになりました。妊娠糖尿病で血糖コントロールが出来ないままだと巨大児になるそうです。申し訳なくて涙が出ました。
当時のHbA1cは6.8で、前回妊娠時より悪化していました。これは妊娠糖尿病というより「糖尿病合併症妊娠」だったのかもしれませんね。どういうわけか妊婦検診をすり抜けてしまいましたが。あるいは妊娠後期に急速に悪化したのか。
病院からは何の指導もなかったため、私は妊婦にもかかわらず極限まで食事のアブラを抜いて(当時は玄米食でした)自分の体重が減るのに胎児の推定体重だけがどんどん増えていました。今こうして思い出すとしんどくなります💦
次男は生まれた時はとても太っていましたが、その後はむしろほっそりして生まれた時のことが嘘のように成長しました。
知らない間に2型糖尿病を発症していた!!
次男を出産した後で退院直前にOGTT(経口ブドウ糖負荷試験)を受けたところ、結果はギリギリ正常値でした。
今ならもっときちんと指導があるのでしょうが、19年も前のことです。「あなたはまだ若い(当時28歳)のだからこれからの人生は長い。糖尿病にならないように気をつけなさいね」とだけ言われ、定期的に病院で検査を受けるように等の指示はまったくありませんでした。
次男は生まれた時顔に湿疹があり、総合病院の皮膚科の先生は「これは赤ちゃんによくあるニキビのようなものなので心配ないです」と言いました。
しかし退院しても少しも改善せず、皮膚科で「顔の悪い方が悪いのよ」と言われてステロイドを出されたり、小児科で「ちゃんと顔を洗ってあげてるの?あなたは母親失格」とまで看護師から言われて「どうしてこんなことを言われなきゃいけないんだ」と家で泣いたりしました。
特にやけ食いなどした覚えがないのですが、きっとこのことがストレスになったのでしょう。ほんの一時期とはいえかなり太ってしまいました。
その後、次男の湿疹は顔の洗い方のせいではなく「食物アレルギー」が原因だったと検査で判明し、母乳をやめてアレルギーミルクにしたら嘘みたいにすべすべの肌になり、私も実家の母に子供たちを短時間預けてジムで筋トレをするようにしたら体重も減りホッとしました。
次男の食物アレルギーは成長と共にどんどん良くなり、小学卒業までにはすべての項目で陰性となりました。
私も子供たちが大きくなって手がかからなくなって久しぶりにスポーツクラブでパートを始めたのですが、その頃には糖尿病の自覚症状(のどの渇き)が出始めていました。
「こんなに健康的な生活をしているのに糖尿病になるはずがない」と当時は思っていました。暖かい室内で働いているからのどが渇くのだろうとも。しかし「いくらなんでもこれはおかしいかも」と思い始めてもいました。
糖尿病性ケトアシドーシスで糖尿病と合併症が発覚!
スポーツクラブでパートしていた私ですが、勤務時間外のトレーニング時に「運動前なのに心拍数が120もあるのはなぜだろう?」とか「いくらなんでも多飲多尿過ぎるだろう」といろいろ気になってはいました。
でも当時「インボディ」という職場の機械で測定すると内臓脂肪量は正常レベルで特に下半身の筋量もかなりあったので「これで糖尿病ってことはないだろう」と思ってしまいました。
36歳の秋、風邪を何度もひいたり重症の結膜炎を3度も繰り返したりと明らかに病気への抵抗力が落ちていると感じました。
まだ子供が小学生なので夕方までしか働けませんと言ってあったのに「夜(ラスト業務)もやってくれないか?」と言われ、それは話が違うと思ったこともあり、退職することにしました。
なんだか足の指先がしびれるような気もするし、でも寒いからしもやけじゃないか?と思っていました。
その頃どういうわけか、果物やヤクルト、桃の缶詰のシロップなど、甘いものがやたらと欲しくなりました。
果物は子供のころから大好きだったので毎日欠かさず食べていましたが、ヤクルトや桃の缶詰などは「あまり良くないから」とどちらかといえば避けていたのに、なぜ?と自分でも引くぐらい。といってもヤクルトは1日2本とかで、一気に1リットルみたいな飲み方は決してしなかったですよ。少量でもかなりの高糖質ですからねあれは。
12月、ヘビースモーカーだった義父が腹部大動脈破裂で急逝し、葬儀などで忙しく過ごしているうちに家族がまずインフルエンザらしき症状で寝込み、その後私もうつってしまいました。
「風邪にはお腹に優しいうどんだろう」と思ってうどん、みかんなど糖質だけを口にしていましたが、脱水状態になり、最後はとうとう嘔吐と息苦しさで布団に横になることすらできず、一晩中洗面台の前の廊下に座って過ごしました。
翌朝「このままだと死ぬかもしれない!」と思い、夫に頼んで車で救急外来へ連れて行ってもらいました。11年前の1月4日の朝でした。
最初に診察してくれた研修医は「胃腸炎かな?」と言いましたが、後ろにいた別の医師は「ケトアシドーシスかもしれない」と思ったそうです。
血液検査の後「これまでに血糖値が高いって言われたことはある?妊娠糖尿病?あのね血糖値がね、すごく高くて475mg/dLもあるの。このまま入院してもらいますね」と言われ、頭が真っ白になりました。
当時のHbA1cはなんと15.0!!超ウルトラ横綱級の悪さです。HbA1cが高い値なので少なくとも劇症1型糖尿病でないことは素人の私にもわかりました。
抗GAD抗体検査は陰性でしたが、医師からは「ゆっくり進行するタイプの1型糖尿病(SPIDDM)の可能性はある。もしかしたら1年後ぐらいにそうだったと分かるかもしれない。しかしインスリン分泌が不足しているので、1型だろうと2型だろうとやるべきことは同じですよ」と説明を受けました。
その後別の病院の知り合いの医師から「MODY(若年発症成人型糖尿病)なのでは?〇〇病院に詳しい医師がいるから紹介しようか?」と言われましたが、結局遺伝子検査を受けていないので真相は分かりません。MODYの場合、特定の遺伝子が原因なので生活習慣とは関係がなく、また半分の確率で遺伝します。
そして16日間の入院中、すでに糖尿病合併症があることも分かりました。神経障害と腎症、少し遅れて(インスリンを打ち始めてから)網膜症と黄斑浮腫(網膜の黄斑という重要な部分のむくみ)も発症しました。
「遺伝でも生活習慣に気を付ければ糖尿病発症を予防できます」って本当?
よく「2型糖尿病になりやすい体質は遺伝しますが、糖尿病そのものが遺伝するわけではありません」「遺伝があっても生活習慣に気を付ければ発症を予防できます」と言われますよね?
あれって「遺伝のせいにするんじゃないよ、甘えるなよ」と言われているようで非常に嫌な気持ちになるのは私だけでしょうか?
親が1型糖尿病の場合、子が1型糖尿病になる確率はそうでない場合と比較するとやや上がりますが、それほどではないそうです。
しかし親が2型糖尿病の場合、子が2型糖尿病になる確率はかなり上がります。糖質制限で有名な京都の江部康二医師もご両親が2型糖尿病だったそうです。
2型糖尿病の発症と遺伝にかかわりがあるのは明らかですが、2型の場合、MODYのように「この一つの遺伝子異常が原因」というわけではなく、複数の遺伝子異常が重なっていると考えられるそうです。
だから同じ2型糖尿病でも「少し発症しやすい家系」から「かなり発症しやすい家系」までピンキリなんでしょうね。東アジア人に特有の2型糖尿病関連遺伝子も存在するそうです。
「遺伝があっても生活習慣に気を付ければ発症を予防できます」と言っても「大食いしないようにすれば、太らないようにすればセーフです」という方ばかりではないのが問題ではないでしょうか。
「生活習慣に気を付ける」とは一体何をどの程度どうすることなのか。一般的に言われているようなことなら「それでは予防しきれない人も居る」ということを知ってほしいです。
私の場合、次男妊娠前から出産後にかけて一時的に太ったのは良くないことでしたが、最初に妊娠糖尿病になったときは何一つ良くないことはしていなかったわけですからね。
いったん糖尿病合併症になると治ることはないのか?
巷にあふれる「糖尿病を良くする方法」いろいろ。しかしそれらはさほど重症ではない方(ジュースを飲み過ぎると短期間で一気にHbA1cが2ケタになることもあるので、数値が悪い=重症ではありません、合併症の有無がポイント)向けの方法のようです。
病院の先生たちでさえ「糖尿病合併症になってしまったらもう治せない」とおっしゃることがあります。
ある眼科医は「糖尿病網膜症は治せない、ただ進行を遅らせることしかできない。そのために治療をする」と仰っていましたが、その医師は糖質制限には反対なので「ああ、あなたの患者さんたちはそうなのですね」と思いました。
私の糖尿病合併症が発覚したのは11年前。見つかったのが11年前というだけで、腎症や神経障害はもう少し前に発症していた可能性もありますよね。前年の頻脈も自律神経障害の症状ですし。
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上は糖尿病黄斑浮腫(目の網膜の黄斑部のむくみ)が見つかった年の私の左目と翌年のOCT画像です。
本来は凹んでいる部分が、左では膨らんでいるのが分かると思います。当時はスマホの正方形のアイコンが台形にゆがんで見えたり、本を読むと部分的にかすんで見えたりしました。
一般的には眼球に高額な注射を打たなければならず、しかも治療は1回だけで終了することは少ないようです。
私は眼科医から「良くならなかったら大学病院で注射だ」と言われてビビりまくっていましたが、結局経過観察だけで自然に良くなりました。
右はまだ少し厚みがある状態ですが、現在は完全に健康な方と変わりない状態になっています。時々OCTアンギオグラフィで目の血管全体の状態を診てもらっていますが、こぶ等ないそうです。
腎機能はまだ大丈夫ですし、神経障害の自覚症状も明らかに改善しています。治療開始後1年ぐらいで心拍数が正常化したことからもそれは分かります。ただし無理はしないようにして、糖尿病が分かってからはマラソンなどには参加していません。
この11年の間に「ちゃんと通院して治療していたのに目(または腎臓)がどんどん悪くなってしまった」という話を何度も見聞きしましたが、私にはその方たちが努力を怠ったせいだとは思えないのです。いかがでしょうか。
極端な話、高血糖と低血糖さえ起こさなければよいのならインスリンポンプを使用している患者さんは糖尿病合併症にはならないはずです。でも実際は残念ながらそうではなく。
すい臓のベータ細胞はどの程度「復活」するのか?
すい臓のランゲルハンス島にはいくつかの種類の細胞が存在します。その中にはインスリンを分泌する「β(ベータ)細胞」の他、グルカゴンを分泌する「α(アルファ)細胞」、その他いくつかの細胞が存在します。
株式会社ランゲルハンスで働く社員のうち、インスリン分泌するのがβ細胞チームのようなものだと思っていただければ。まあランゲルハンス島は100万個以上あるので、同じような会社が山ほど存在すると思ってください。
ヒトの血糖値は非常に狭い範囲内に保たれています。血糖値が上がりすぎることも下がり過ぎることも人体には有害だからこそ、インスリンやグルカゴンの働きで血糖値は一定範囲内に保たれています。
グルカゴンは血糖値を上げ、インスリンは下げます。現代の食生活では必要以上に糖を摂取して「血糖値を下げなければいけない状況」が多くなります。
過酷な労働を強いられていると、最初はβ細胞は仕事量を増やして頑張って対応しようとします。しかしそれも長くは続かず、弱ったり過労死したりします。
弱って一時的に働けなくなっている者は、休息を与えることでまた元気に働けるようになります。しかし死んでしまったβ細胞は生き返ることはないとされています。
1型糖尿病でインスリン自己分泌が完全にゼロになった方では、β細胞たちがもうほとんどいません…少なくとも、まともに働ける者は。だから外部から注射でインスリンを補わないといけないのです。
重度の2型糖尿病の私の場合、β細胞たちの一部が死んでしまっています。全員死んだわけではないので、足りない分を注射で補っています。
「暴飲暴食をやめて痩せたら糖尿病が治った!」という方たちは、β細胞は弱っていただけでまだ死んではいない状態だったので「復活」したのです。
では、いったん死んでしまったβ細胞はもう絶対に生き返ることはないのでしょうか?上の画像は今朝の私のフリースタイルリブレ2の画像です。指先の血液と比較して誤差がないことは確認済です。
3年前にうっかりケトアシドーシスで入院してインスリン(グラルギン)を始めたとき主治医は「こうなったら当分の間はインスリンの効きが悪くてインスリン分泌も低下した状態が続くと思うわ」と仰いました。
当時は1日に12単位注射していましたが、今は6単位です。それでも明け方に血糖値68mg/dLになったりしており、今夜4単位に減らして様子を見ようと思います。
空腹時血糖値は1日中一定ではなく、日内変動しています。いちばん高いところに合わせるのではなく、低いところに合わせないと低血糖の心配がありますのでね💦
一般的には「いったんβ細胞が死んだらもうどうしようもない」と言われています。それはβ細胞はほとんど増殖しないからです。
しかし「ほとんど増殖しない」は「絶対に増殖しない」というわけではないようで、状況によっては長い時間をかけてわずかに増える可能性があるようですね。
私はグラルギンの他、セマグルチド(GLP-1 受容体作動薬)を処方してもらっています。糖質制限だから食後高血糖はあまりないのですが、GLP-1受容体作動薬は動物実験でβ細胞が増える効果があるということなので「ヒトでも少しは効果が期待できるのではないか?」と思って。
最近ちょっと注射の必要量が減ってきたのは、糖質制限+セマグルチドによってわずかでもβ細胞が増えたのではないかと期待しているのですが。
その増加は健常者と比較すればごくわずかなものであったとしても、インスリン注射の量が少しでも減るのなら喜ばしいことです。
ちなみにセマグルチドはいわゆる「オゼンピックで痩せる!」としてダイエット界隈で有名なようですが、たぶん多くの方が期待するほどの痩せる効果はないですよ?
量が多ければ効果も大きいのかもしれませんが、私は糖尿病治療として標準的な量(0.5mg)を注射しており、特に何も変化を感じません。主治医は「多く打てば(1mgとか?)もともと大食いな人には効果がある」と仰ってました。ご参考までに。
オゼンピックより痩せると言われるチルゼパチド(マンジャロ)については使用したことがないので分かりませんけど、どんな注射にも副作用はあるので健康な方はまず別の手段を試みたほうがいいかなと。
糖尿病治療の目標とは?
皆さんは何を目標に糖尿病治療を行っていますか?「糖尿病完治」でしょうか。残念ながら、軽度の方の場合は「糖尿病寛解」はありますけど、ある程度進行してしまうと「寛解」は難しくなります。β細胞がいくらか死んでいるからです。
また「寛解」と「完治」は同じではないです。「完治」とは運動しないで食事制限もまったくしないでダラダラ過ごしてもまったく耐糖能異常が生じない状態を指すと思います。
筋トレや脂質制限、糖質制限、カロリー制限など何かしら気を付けていることがあるならそれは「寛解」なのでしょう。でも、注射や薬から解放されるならそれは素晴らしいことですよね!
私の場合は「糖尿病寛解」は難しいので「糖尿病合併症をこれ以上進行させないこと」を目標としています。
少しばかり血糖値が高くても、糖尿病合併症が進行しなければよいので…高血糖や低血糖だけではなく高インスリン(インスリンの効きが悪いために大量にインスリンが分泌されたり大量に注射すること)により糖尿病合併症のリスクが高まりますので、できるだけこれらを避ける必要があります。
私の場合、その答えが「糖質制限」でした。ただし同じ糖尿病でも糖質制限が適さない方がいらっしゃいます。
特に発症から長い期間が経過している1型糖尿病の方などでは、β細胞だけではなくα細胞もダメージを受けており低血糖から回復しにくくなっている場合があります。
また腎臓や肝臓がかなり悪くなっている場合も低血糖に陥りやすくなる場合があります。その場合は主治医と相談の上、指示を守ってください。
↑↑↑家族全員が「普通に美味しい」と評価したアメリカの低糖質クッキー(1枚当たり糖質1g、羅漢果エキス使用)
「糖質を制限するなんて嫌だ」と思われる方は多いと思いますが、それは個人の選択です。私にとって、目が見えなくなったり腎不全になることと比べたら全然どうってことではないです。
また「好きなものを好きなだけ食べられないのは不幸だ」という決めつけはやめてください。お酒の飲み過ぎで肝臓を壊した方が禁酒に成功したら「お酒を飲めないなんてあなたは不幸だ」と言いますか?やめるかどうかは個人の自由ですが。
いろいろな方法があって「自分で」選択したことならそれでいいと思うのです。私は糖質よりも肉や魚を食べたいので糖質制限を選択しました。それは互いに他人に押し付けることではないので。
まず血糖値を知ることから始めましょう!
「糖尿病って怖いなぁ」と思われたあなた。あなたがまだ糖尿病と診断されていなくても、もし血縁に糖尿病患者がいらっしゃるのなら↑↑↑自己血糖測定器を購入されることをおすすめします。
なぜなら健康診断では、かなり耐糖能が悪化するまで「糖尿病です」とは言われないからです。はっきりと診断された時点でもうかなり悪くなっていると言えます。
耐糖能異常の初期は、空腹時血糖値は正常で食後のみ高血糖になる方が多いそうです。空腹時に採血する健康診断ではかなり悪くなるまでなかなか気づけないかもしれません。
やり方は簡単で、ご飯やパン、ジュース、お菓子などを食べ始めてから1時間後に血糖測定するのです。
本当にまったく異常がないのなら食後でも高血糖になることはありません。もし食後血糖値が180mg/dLとかあった場合は今すぐ対策を開始したほうがいいです!
↑↑↑拙著『糖質オフっCIAO(チャオ)!』漫画本です♪
糖尿病は欧米人より痩せている人が多い日本人にもかなり多い病気であり、中高年になると不摂生していなくても発症する人が増えるにもかかわらず、自分が当事者になるまでは他人事みたいに思っている方がまだまだ多いです。
私の糖尿病の様子をよく知っているにもかかわらず最初は他人事みたいな顔をしていて、当事者になってしまった方はここ11年の間に何人かいらっしゃいましたよ。
皆さんには私のような苦労をしてほしくない、だからまずあなたの血糖値を知ってほしい。当ブログのタイトルを「あなたの血糖値、大丈夫?」とつけたのはそんな思いからです。
まず知って、それからどうしたらいいのかはあなたが自分で選択することです。何も考えずにお医者様の言う通り~、ということになると後悔することもありますので、自分の頭で考え、納得がいかないことは主治医にきちんと相談するのですよ。

自分のことだから自分でよく考えたいですね!

ひどくなる前ならそこまで厳しくやらなくてもいいかもしれないわ、だから放置しないで!!















